*憧れのウェディングベール*



「で、とりあえず木をたくさん切ってこなくちゃならないんだ。」
「……何で?」

 私たちがこの時代にやってきてから、おおよそ3時間あまりがたとうとしていた。
 3時間とはいっても、そのあいだには、肉食竜に襲われたり、名前もわからないようなけったいな動物の群れにかこまれて身動きが取れなくなったり、草食竜の卵を蹴倒してしまって追いかけられたり、とにかくやたらと密度の濃い3時間だったのだ。
 よって私は、すでに疲れきっていた。
 しかし、サトルはあくまでも『元気一杯♪』といったようすで、にっこりと笑っている。

「結婚式を挙げるには結婚式場が必要じゃないか!!」
「……もしかして、作るの?」
「だって、青空結婚式じゃあ嫌でしょう?お客さんだって室内の方がいいだろうし…。」
「お客さん?」

 嫌な予感がする。というか、この場合考えられるお客さんとは、やっぱり…。

「トリケラトプスさんとか、プテラノドンさんとかあ……あ、でもやっぱりティラノサウルスさんにはご遠慮いただこうね。下手するとウエディングケーキみんな食べられちゃうから。」

「…やっぱり、恐竜さんたちを招待するのね…?」
「ご近所づきあいってのは始めが肝心だよ。」

 恐竜さんたちとご近所づきあいなんて、私は基本的にやりたくない。
 が、基本的には、などと限定してしまうところを見ると、私も大分サトルに毒されているのかもしれない。

「だからとりあえず、木材がたくさん必要なんだ。なんてったって、あんなに大きな仲間達が勢ぞろいするんだから。よおっぽど大きな教会にしないとね。それとも、仲間内だけでアットホームな式がいいの?」

 仲間達が、勢ぞろい。その言葉を聞いて、私は思わず頭を抱えてしまった。
 ああ、お母さん。あなたの結婚式には、恐竜さんなんて参加しなかったでしょうね。それが、少しだけうらやましい。
 小さな頃に見せてもらった、母親のウェディングドレス姿を思い出した。

「……お母さん達、心配してるだろうなあ。」

 ぼそり、私は呟いた。

「一人娘が突然、駆け落ち同然に同級生と逃げちゃって、なおかつ行方が全然つかめないなんて。」

 だめだ、言っているうちに、本気で心細くなってきた。ホームシックって奴だ。
 サトルが私の頭を、そおっとなでる。

「大丈夫だよ…お母さん、心配なんてしてないから。」

「?」
「いつか、未来へゆけるタイムマシンが出来たら、僕たちがここへ旅立った5分後にでも10分後にでも戻ってくれば、失踪しただの駆け落ちしただのなんて、誰も思わないから。」
「……そういう、もんなの?」
「理論的には。」

 サトルの『理論』…そんなの、言葉そのものだけで怪しい。
 だけど、何だか今の私には、そんなことはどうでもいいような気がしていた。何だか、さっきからずっと頭を撫でていてくれるサトルの手が、妙にあったかく感じられて、泣けてきそうだった。

「未来がいいって、自分達の時代がいいっていうんなら、僕は頑張って、タイムマシン造るから。だから…僕は、君にそばにいて欲しい。」

 そんな言葉、今の私にとっては…殺し文句だ。

「そうだ、これ。」

 サトルが、私のあたまに、何かをふわさり、とかけた。
 ふわさっというよりも、ずっとかたくて、重い感じがしたのだけど、これは一体…。

「葉っぱ?」

 それは、巨大な葉っぱだった。何だかごわごわしている。

「非常にロマンチックじゃないけど、これはもしかしてひょっとして…」
「ウェディングベールの、つもり、だけど?」

 私の背中をも隠してしまうほどの、大きくて分厚い葉っぱ。
 ウェディングベールとは、はっきり言って似ても似つかない代物だ。

「……。」
「あ、えっと…ハズした、かな?」

 普段なら私は、『はずしてる』と思い切り大きな声で、耳元に囁いてあげるのだけど、今はまあ、おおめに見てあげてもいい。

「アンモナイトでも何かの殻でもとってきて、どうにか削って、結婚指輪作ろうかとも思ったんだけど…。」
「…それはちょっとやめてね?」

 六千五百万年前の地層から、アンモナイトの殻(中身で指輪を作るなんて、無謀で惨いことは、さすがのサトルでもしないだろう、と思いたい。)で作られた指輪発見、この時代にも人類のいた痕跡が!?
 などということが新聞にでも載ってしまったら、私、未来の人になんてお詫びしたらいいのかわからない。

「いいよ、そんなものなくても、さっきサトル言ったでしょ?私は、いつまででもサトルを待ってるから。」

 そう、これはこの物語始まって以来はじめての、少しはロマンチックなシーンなのだ。と、私が少しだけ感慨に浸っている時だった。




 ごががががががごっ




 と、轟音を立てて、地面が鳴り響いたのだ。

「な、な、何よこれ。」

 とてもではないが立ってなどいられない。座っていても転がってしまいそうなのだ。
 サトルなど、すでに寝転がってしまっている。あ、これはサトルの趣味か。

「あ、そういえば僕思い出したよ。恐竜さんたちって、確かこのくらいに絶滅したんだ。」
「ぜ、絶滅?って、それ、あの隕石とやらがどがーんとぶつかった、ってやつ?」
「隕石とは限らないかもしれないけど、この様子だと、多分そうだね。」

 ちょっと待って。
 私の脳みそがはじき出している答えを一言で言ってしまえば、その7文字だった。
 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。
 私もこんなおかしな事態に、良くここまで付き合って来れたものだと思うのだが、これがどうやら限界らしい。
 システムがビジー状態になっていますって感じ?だいっ嫌いな言葉だけど。

「このまんまじゃ、結婚式なんて出来ないや。困ったなあ。」

 そんな事で困ってないでよ。はやく逃げなきゃ。

「みんな気のいい仲間みたいだし、見捨てて逃げるのも嫌だし。」

 気のいい仲間って、当然恐竜さんたちのことなのだろうな。だけど、そんな事言ってる場合なの?

「あ、まって、ひょっとして…」

 サトルが呟くと、私のほうを見た。

「ねえ、手伝ってくれる?タイムマシンを少し作り変えて、隕石が衝突してしまう前に地球を避難させるから。」
「え?」
「上手く説明できないんだけど…ユメノウキハシ回路を逆さまに回して、ソーダスイノゲンワクをKANJA406に応用して……原料はスラちゃんとか変身させればどうにかなるし、うん、できる。」
「あの…サトル?」
「君はなんにも心配しなくていいよ、僕が必ず、君も、いまこの地球上にいる生物の全ても救ってあげるから!」

 サトルは自信たっぷりに言う。
 その瞳は今までにないほどいきいきとしていて、私は虜になってしまった。これこそが、サトルだ。

「さてと、じゃあまずミッシングリングをつなげるところから始めないとね。」

 だけど、『今この地球上にいる生物の全てを救う』ってことはつまり、恐竜の絶滅を防ぐってことで…それって、未来を変えてしまうことになるのではないか。
 そんな不安が、私を襲った。だけど私にはサトルをとめられそうにない。

 こういうのも亭主関白っていうのかな、私はうずまく不安の中で、ふと、思った。



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