*未来式ウェディング*
とうとう、出来てしまった。
とうとう、サトルの設計した「命名・愛は地球と一緒に恐竜さんたちも救う」装置が出来上がってしまった。
時間にして、あの地震(多分隕石衝突)から約5時間。(やたら早いのは、作ってあった部品を少し応用しただけだったから、という)
「さあ、いますぐ出発するよ。みんなを救うんだ!」
「はい。」
もう従うしか私には出来ない。
暴走するサトルを止められるような力が私にあれば、今私はこんな所にいないで、未来で幸せな結婚式を挙げていただろう。
「さあ、コックピットへ。急ぐよ。」
入り口ともなんともつかない場所から、私たちは中へと入った。
中の様子は雑然としていて…変なものがたくさんあった。だけど、そのくらいの事は経験上予測できていたので、いちいち言及しない。
「よし、じゃあ『愛は地球と一緒に恐竜さんたちも救う号』発進!」
エレベーターに乗るときのような浮上感。もちろん、今この時代にエレベーターがあるはずなんてないのだが。未来の記憶というやつだ。
「お願い、そこの赤いボタンと、青いボタンのどっちかを押して!」
突然サトルが声をかけてきた。
「え?」
「どっちか好きなほうを押して欲しいんだ。」
「好きなほう…って、なんなの、このボタン?」
人間の頭くらいある大きな赤いボタンと、枝豆一粒ほどの小さな青いボタンが仲良く並んでいる。
このどちらかを押せということだろうか。
「どっちでもいいよ。間違った方を押すと爆発するかもしれないけど。」
「!?」
「だって、不確定の場所がないと、この装置うまく働かないんだもん。だから、君に任せる。」
「任せるって…ちょっとサトル、あなたは設計者でしょう?」
「大丈夫!僕の命は君のものだ。死ぬ時でも一緒だよ。」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
私はサトルに苛立った声を投げつけた。が、この状態で平常心でいられる人のほうが、私は怖いと思う。
「あ、それに爆発っていっても、ペットボトルの中にドライアイスと水を入れて、ふたを占めた時に耐え切れなくなってどかんっていうくらいのものだから、そんなに心配しなくてもいいよ。」
「それを早く言って…」
私はあきれていった。
そりゃあ、ペットボトルが二酸化炭素爆発っていうのも避けたいところではあるのだけれど、私の想像していたものとはギャップが大きすぎた。
(ちなみに私の想像した「爆弾」というのは、東京ひとつくらい壊滅してしまうようなレベルのものだった。)
私はえいやっ!とばかりに、二つのボタンを同時押しした…と思ったのだが、小さなボタンのほうは小さくて、どうも上手く押せなかったらしい。大きな赤いボタンだけが、光を放ち始めた!
途端に背後で爆発音がする。
「…失敗?」
私は舌きりすずめの「大きなつづらと小さなつづら」の話を思い浮かべていた。
そんな中で、サトルは陽気に話し掛けてくる。
「大丈夫だって、こんな理科の実験レベルの爆発で壊れる船じゃないから。さあ、これで準備完了。地球を転送するよ。」
「転送って…どこに?」
「太陽系にそっくりな場所を見つけておいたんだ。隕石衝突前の地球を、そこに移転する。そこでは隕石の衝突なんて起こらないから、地球は無事だよ。」
何だか不安だ。サトルがこんなに自信ありげな時に、上手くいったことはあっただろうか、いや、ない…(反語)。
「さあ、ついた。」
私はサトルに促され、装置から出た。
外は夜だった。あまり変わった感じはしない。サトルは太陽系にそっくりな場所を探しておいたといっていたけれど。それにしても似ている。空に浮かぶ星座にも、見覚えのあるものがある。
その瞬間、何かのサイレンのような音が聞こえた。懐かしい、ウーウーという、パトカーのような音。
こんな時代に聞こえるはずもない音!
私はそして、信じられないものを見た。
空中に浮かんで、こちらへと向かって走ってくる船。青と白に塗り分けられ、紫に光るライトをつけた、不思議な船。
それは、呆然とする私とサトルの目の前までやってきて、ゆっくりと着陸した。
私が頭に思い描いたのは、月並みかもしれないけれども、UFO。
あの、宇宙人の乗り物といわれている奴だ。それにしては円盤型をしていないし、カラーリングがすこし人間味がありすぎるのだけど、こんな所にやってくる船なんて、それくらいしか思いつかない。
そんな事を考えているうちに、船の扉らしきものが開き、中から何者かが現れた。
それは、以外にもごく普通の女性であり、しかもかなりの美人だった。
ぴったりとした銀色のスーツを着ている。彼女は、胸ポケットから何かを取り出して、私たちに見せつつ言った。
「時間犯罪者、コモリサトル、我々は時空管理局だ!事象変革の罪において逮捕する!!」
「…?」
私は始め、「ジクウカンリキョク」を上手く漢字変換できなかった。
彼女が何を言っているのか、、全くわからなかった、という比喩である。
「えっと、時間犯罪者?僕が?」
「お前は恐竜の絶滅を防ぐために、地球を一瞬だけ、他の星系に移転させる事を計画していたであろう。そのような事は、地球の歴史として認められていない。立派な時空管理法第十二条違反だ。」
「ああ、ひょっとしてタイムパトロールさんってやつ!」
サトルの一言で私は納得した。なるほど、この人たちがあの有名なタイムパトロール。
「時空管理局員だ。」
そんな事はどうでもいい。どうせ、やっていることは似たようなものなのだろう。
しかし、タイムパトロールという事は、今の状態はかなりまずいのではないか。サトルのやったことは、確かに犯罪なのだし。
「今すぐ、その装置を使って地球を元の時間と空間に戻すのだ。せねば、即刻現行犯で逮捕する。」
「あ、ごめんなさい、それできません。」
「何故!」
「えっと、『愛は地球と一緒に恐竜さんたちも救う号』は一回きりしか使えないんです。なんていったって5時間で作ったんだし…はやく出来上がったほうがいいと思って」
少し前に、私の聞いた台詞だ。時空管理局の彼女は、何度も何度も靴をカツカツといわせた。相当いらだっているらしい。
「じゃあ、この状態にどう始末をつけるのだ!」
「え?だって恐竜さんたちが助かるんだし…」
「ということは、歴史が狂うという事なんだよ!そのくらいの事わからないのか!おまえだって、狂った歴史の中では生まれてこられないのかもしれないんだぞ!?」
今、何となく妙な感じがした。だがそれが何なのかは…よくわからない。が、時空管理局員の言葉には、何か矛盾があるような気がした。
「えっと…とりあえず、私たちはそれが歴史を変えてしまうことにつながるなんてわからなかったんです。そのことは本当にごめんなさい。だけど、私たちには、もう一度地球を転送させる装置がありません。時空管理局の皆様のお力で、どうにかなりませんでしょうか?」
私は作り笑いを浮かべながら、ことを出来る限り穏便に済ませようと、交渉を始めた。
こういうときは、「何も知らなかった、わざとではない」という態度を取るのが一番だ。
しかし、時空管理局員の女性は、信じられないような事をいった。
「出来ないんだよ。」
「え?」
「二十五世紀に本部がある時間管理局の技術は、まだ地球一つを丸ごと転送できるだけの科学力に達していないんだよ。そりゃあ、私たちの普段過ごしている『現在』にではそのくらいの事は簡単なのだがね、こんな遠い『過去』や『未来』に干渉できる、惑星レベルの物質転送装置は今のところ完成していない。」
「えっと、それじゃあ…。」
「つまり、我々にはこの地球を再び転送する事が出来ない、という事だよ。」
そういうと、管理局員はサトルの方を見た。
サトルは話に飽きたらしく、いつの間にか草花と戯れていた。足元に散らばっている花は、花冠を作ろうとして挫折した、そのなれの果てだろう。見たこともない花たちは、お互いの茎を微妙に絡ませて、地面に転がっている。
「サトル!お姉さんの話をきちんと聞きなさい!」
言ってしまってから、これって妻の台詞というよりは、幼稚園児を叱りつける若いママの言葉だよなあ、と気付く。
「とりあえず、お前ら未来の人間の力を使わねば、時空間の修正は不可能なのだ!」
「未来の人間って?」
「お前達は我々よりもずっと高度な技術を持っているようだ。ということは、お前達が二十五世紀以降の人間だ、という事だろう。」
「あの…私たち、その…一応、二十一世紀始めの頃くらいの人間なんですけど…。」
私は正直に言った。
「何ですって!?」
今まで無理して男っぽい言葉を使っていたのだろうか、彼女は突然金切り声になった。よっぽど慌てふためいているようだ。
「ちょっと待って、どういうこと、あなたたちが二十一世紀の人間ですって?三十世紀くらいにはADではない、新しい世紀が存在しているという事なの?」
あせりきって、押さえつけるような姿勢の消えた彼女は、少しだけ可愛く見えた。などと言ったら怒られそうだ。
「私たちもADっていうのを使ってますが…私の時代にはまだタイムパトロールなんてありませんし…それどころかタイムマシンなんてSFの中だけのお話ですし、多分あなたたちよりもずっと過去の人間だと思います。」
「それじゃあ、まさか。」
「…サトルが、ちょっと特殊なんです。私たちの世代の人間は、普通こんなことしません。」
サトルは、私たちがそんな話をしているのを知ってか知らずか、鼻歌なんか歌っちゃったりしながら地面を掘っている。
宝捜しでも始める気なんだろうか。
「とにかく、あなたたちには、地球をもとの座標に戻してもらわねば困ります。…何とかしてください。そうしないと、地球の歴史が変わってしまう!環境の変化がなければ、哺乳類の進化はなかったでしょう。そうしたら、人間だって生まれてこなかったかもしれない。」
人間だって、生まれてこなかったかもしれない。
私はその言葉に強烈な違和感を覚えた。先ほども感じた違和感だ。
「でも、僕たち生きてるよ?」
サトルが、背後に立っていた。天真爛漫な笑顔を、私たちに向ける。
「心配しなくても、僕たちは生きてるんだから、多少歴史が変わったって大丈夫なんだよ。人間だって生まれてくるし、それに恐竜さんたちも生き残って、僕らの時代までやってきて、一緒に仲良く過ごせるかもしれないし。何にも心配しなくていいよ。」
「……。」
時空管理局員は黙り込んでしまった。
私の違和感の正体は、サトルの言ったとおりだ。歴史が変わってしまったのなら、何故私たちはここで生きている?
「結果よければ全てよし!ね?」
サトルの笑顔にはかなわないんだよなあ、私は全然関係のない事を思った。
と、その時である。
ずごごごごごがぎっがががっ!!
本日(もういつからが本日なのかよくわからないのだけれど。私の心情的には、サトルがタイムマシンを完成させた日から一日経っていない。何て密度の濃い一日なんだ!!)二度目の振動である。
「な、な、なによこれ!?」
しかも、さっきよりもずっと強い振動だ。
「……まさか!」
時空管理局員さんが、はっと声を上げる。
何がまさかなのか興味はあるが、この地震をどうにかしないと質問もしづらい。
「わーい、すっごーい揺れ!こんなの遊園地でも乗ったことないや!」
サトルのひたすら無邪気な台詞は無視して、私はとにかくしゃがみこんだ。
ここには建物とかはないから、上から何か落ちてくるという事はないはず。(木くらいは折れるかもしれないけど。)火事も起こらないだろうし。(火山の爆発はあるのかもしれない。でもこのあたりに山は見当たらない。)
そう考えると、現代(二十一世紀)の震災よりは安全なはずだ。などと考えて、高ぶっている心を少しは落ち着けようと画策していた時
「はやくっ!二人ともこの船に乗るのよ!」
管理局員さんが、私とサトルの腕をひいた。管理局員さんは見かけによらず、力持ちらしい。少し小さめとはいえ高校三年生二人を、ずるずると引っ張ってゆく。
私は素直に感心したが、管理局員さんが少し顔をゆがめたのに気がつくと、負担を軽くする意味で、自分で船に向かって歩き出した。
私たちは、管理局員のお姉さんに連れられて、あのUFOのような船へと入っていった。
あれだけUFOっぽい外見なのだから船の内部はかなりSFチックなものだろう。そう予想はしていたのだが、あまりにも想像どおりだったので少し驚く。
「すごいですね。」
私はため息を漏らした。
「サトルのつくったタイムマシンは、こんな格好良くなかったから。」
やっぱりタイムマシンはこうでなくちゃいけない。あんな、変に雑然とした、わけのわからないものばかりの場所なんて、タイムマシンだと言われても信じられない。
そう思いつつ私が辺りを見回していると、機械がぶううんと音を立てて、動き出した。紫や青のランプが、始終点滅している。
やはり、格好いいというか、未来っぽくて、素敵。
「ところで、さっきの地震は、一体何があったの?」
サトルが、管理局員さんに尋ねた。
サトルはいつの間にか、見たこともない緑色の飲み物をストローで飲んでいる。甘い匂いがするところを見ると、ジュースの類か。少し童顔なサトルがストローを使うと、妙に似合っていて可愛らしい。
けれど、そんなもの一体どこから持ってきたんだ?
「私の考えでは…おそろしいことだが、さっき経験した地震こそが、恐竜を絶滅させ、そして環境の変化をうながした、隕石の衝突の結果なのではないだろうか。」
「え?」
わけがわからない。何で、また地球に隕石が衝突しなくてはいけないのだろうか。
「これは私の仮説だが、本来、地球は今…お前達の生まれた時代、そして私たちの生まれた時代とは、違う場所にあった。そしてお前達は、もともと違う場所にあった地球を、さっきここに転送した。転送した場所が、私たちの知っている地球の位置だったとしたら、どうだ?お前達が経験したと言う地震は、ただの大きな地震で…転送咲で経験したさっきの大地震こそが、隕石の衝突によって引き起こされたものだったら?」
「それって…。」
サトルはなんとなくわかったらしく、頷いているが、私にはさっぱりわからない。
たぶん、SF的な話なのだろう。そういう小説を読んでも半分も理解できなかった私のことだ。これ以上詳しい説明を聞いても無駄かもしれない。
しかし彼女はそんな私の考えも知らずに話しつづける。自分の仮説にすっかり興奮してしまっているようだ。
「お前達がむりやり、地球をこちらに転送した事によって、空間が歪み、隕石の衝突を引き起こした。そして、それによって地球の支配が交代し、やがて人間が生まれる事になる。しかし、地球の位置は技術と知識がないために修正される事がなく、私たちの時代へと至った。」
「ああ、だからなんか見たことのある星座があったんだ。」
サトルはすっかり納得している。私には何もわからない。
「納得できない顔をしているな。」
「納得できない…というよりも、何を言っているのか理解できないだけです。もう少しやさしい言葉で話してください。」
私が言うと、彼女は目を見開いた。
「そうか…お前達は過去の人間だったのだな。簡単に言ってしまえば、お前達が地球を転送した事は、歴史の上で正しい事だった、というだけのことだ。」
「じゃあ、私たちは無実?」
「少なくとも、時空管理法には、違反していない。」
私は、とりあえず、その一言に喜んだ。難しい話はよくわからない。
「で、お前達はこれからどうするつもりなのだ?」
「どうする…って?」
「もしよかったら、お前達を、二十五世紀まで連れてゆきたいのだが。」
「え?」
「この、サトルという人間の頭脳は、二十五世紀の人間にも予測できないほど優れているようだ。二十一世紀では、その才能も埋もれてしまうかもしれないが、きっと、二十五世紀にゆけば、多大な成果を挙げると思う。」
よくわからないけれど、ありがたい申し出のようだ。
「でもそれって、僕が未来に行くって事が最初から決まってないと、また混乱しちゃうんじゃないの?時空管理法とかにひっかかっちゃったりして。」
「…大丈夫だ。」
管理局員さんはコンピュータを操作しつつ、言う。
「今調べたが、コモリサトルは西暦二千三年の二月七日から失踪した事になっている。つまり、お前はどっちにしろ元の時代には戻れないと言う事だ。それならば、二十五世紀にくるのも悪くはないだろう。」
「って言ってるけど、どうする?」
まあ、また鎌倉時代だのなんだのに連れてゆかれるのや、はたまたカンブリア紀にでも飛んでしまうだとかいう展開よりは、はるかにましだ。
「行っても、いいわよ。」
私は、その言葉を口にした。
言った瞬間に、なにか悪寒のようなものが襲ってきたけれど、まあ、気にしていても仕方がない。サトルと付き合うようになってから、この種の悪寒には年がら年中襲われているのだから、もう慣れっこだ。
「ここでお前達を二十一世紀に返したりなぞしたら、それこそ時空管理法違反だしな。」
彼女はにっこりと微笑んだ。
タイムマシンは順調に運行し、やがて、がたりと止まった。
どうやら、二十五世紀にたどり着いたらしい。
マシンを降りると、そこは私の予想通りの、SFな町だった。
方々に通っている動く通路。空中を浮かんでいる自動車、透明なチューブの中を、見た事のない乗り物が通ってゆく。
「ここが、二十五世紀…。」
「そうよ。さあ、時空管理局の建物を案内するわ。サトルさん、あなたの職場になる所よ。」
「それよりも、先に…連れて行って欲しいとこがあるんだけど。」
サトルが恐る恐るといったようにたずねた。
「なあに?」
「えっと、結婚式場!」
「!」
まだそんな事言っているの!と私は心の中で突っ込みを入れた。管理局員さんの顔をうかがうと、彼女はきょとんとしている。
「ケッコンって…血痕、じゃあないだろうし…もしかして結婚のこと?」
「もちろん」
「結婚、という制度は二百年ほどまえに廃止されたわ。いまは、子供はコンピュータに申請すれば、人工子宮で育てられた子が届けられるシステムになっているから…」
「えええ!?じゃあ、結婚式場もないの?」
「ええ。」
サトルは心底残念そうに肩を落とした。私は、と言うと…すでにかなりの思考停止状態に陥っていて、何もいえない。
「かくなるうえは。」
サトルが言った。何かを決意している眼差しだ。
「この時代の政府に働きかけて、もう一度結婚制度を作ってもらおう!そして僕たちは結婚するんだ!」
結婚という制度がない以上、別にわざわざ政治運動してむりやり結婚なんてしなくても、いっしょに暮らせばそれで事足りるような気もするのだけど。
でも、この思考回路がサトルがサトルであるゆえんという気もするし…。
まあ、とりあえず、私たちが無事に結婚することが出来るのは、かなり遠い未来の事になりそうだ。
一人燃えているサトルを見ながら、私はそう思った。
Happy End?
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