「マジカル・ロジカル・トランスフォーメイション!!」

 おれの口から、言葉がほとばしる。
 その瞬間、呼吸が楽になったような気がして、おれは驚いた。

 それもつかの間。おれの体は、なぜか空中で横回転し始めた!
 しかも、スピード線を散らしたような背景つきで。急速に。さっきまで手の中にあったらしい本も、一緒に回転しつつ、光を放っている。

「なっ、なんじゃこりゃああああ!」

 円運動のドップラー効果をともなったおれの声は、しかし、ウサギモドキとヨーヨー野郎には届かなかっただろう。
 いつの間にか現れたヘルメットに、顔を覆われていたからだ。
 おれはあいにくバイクに乗ったことなどほとんどない、ヘルメットがこんなに息苦しいものだとは思わなかった。

 ……なんでおれ、こんな異常事態を、冷静に描写しているんだろう。そうは思いながらも、そこは小説書きの本能だ。
 ものは食わずとも書くことだけはやめられない。

 その間にもおれのからだは回転を続け、一回転ごとに手や足にパーツがついてゆく。
 なるほど、つまりこれはあれか。いわゆる、どれだけ卑怯な怪人も、これをやってる間は手が出せないという伝説の変身シーン。

 変身?

 ちょっとまて。変身ってあれか?
 これって、本当に戦隊ものなのか? タイトルのあれはただのレトリックとかじゃなくって?
 本当に、ヒーローに変身して戦うのか!?
 湯水のように湧き出る疑問に、頭を悩ませているうちに、変身シーンは終わりに近づいている。曲調がそれっぽくなってきた。
 さあ、どうする! 本当におれはヨーヨー怪人にライダーキックをかますのか! おれ、本当は平和主義者なんだけどなあ。

 じゃかじゃかじゃーん!

 どこから出てるのかよくわからないサウンドがけたたましく終わりを告げて、浮いていたおれの体もあっさりと着地する。
 全身をおおった赤いスーツが、ごわごわとしていて気持ちが悪い。ヨーヨーマンはそんなおれを凝視していた。

「えーと、どうも……なんかよくわかんないけど……」

 ほかにおれの言えるセリフなんて、あっただろうか?
 おれが状況をよくつかめずにそわそわしていると、ウサギモドキがまたぴぴるるるーん☆と飛んできて、耳打ちをした。

「はやく、名乗りをあげるでしよっ☆」
「え、ああ……」

 名乗るって、鎌倉武士でもないのに? うかつにこちらの情報は漏らさないほうが、戦いを有利に運べるんじゃないだろうか。名前ってのは確かひとつの呪になるんだよな。
 そう思ったが、ウサギモドキのまん丸い目は、おれを圧迫するようににらんでいた。
 どうやら真剣らしい。けど、名乗りって、ポーズとキメ台詞つきでだろうか?

「かっ……活字とワープロの神にかけて、おれは戦う! 図書館戦隊ビブリオン! 今ここに誕生!!」

 ああそうさ、パクリさ。こないだ沙奈に借りた本の流用さ。

「ちがうでしっ☆科学防衛戦隊でしっ☆」

 なるほど、タイトルどおりだ。
 でもそんなことはどうでもいい、おれ、図書館戦隊にだったら入隊しても後悔しない!
 もうヤケだ。こうなったら、とことんやってやる! ライダーパンチだろうと本キックだろうとサイエンス頭突きだろうとなんだってやってやるんだ!

「ていやあっ」

 おれはとりあえず、ヨーヨーの頭へ殴りかかった。無論、手に持った本の角で。
 しかし、ヨーヨーはセーラー服の襟と裾ををひるがえしつつ、華麗にかわした。
 ああっ、これがヨーヨー頭でさえなけでば、それなりにエロティックなシーンにもなったかもしれないのに。
 相手がヨーヨーでは、ほんとにただのギャグだ。ストーリー性もなにもあったものじゃない。

「ふあっはっはっはっは! 甘い、甘いな! そんな攻撃じゃ我輩に毛筋ほどの傷もつけることはかなわぬ!」

 ついでに言えば、悪役親父しゃべりだ。
 こんな奴、たたきのめしてやる。
 普段温厚な人間が怒ると怖いのだ。ちょうど、小説ばかり書いてていい加減運動不足のところだった。思う存分戦ってやろう。
 おれは、ヨーヨーの奴に飛びかかった。

「うりゃ!」

 セーラーに手をかけて、そのまま投げ飛ばす。体育の授業仕込みの柔道を披露した後は、のしかかり攻撃だ。麻痺確率が三十パーセントなのは、どこぞのゲームの設定っけか。
 おれは、こんなところを沙奈に見られたら、別の意味で誤解されそうだなと思いながら、ヨーヨーの上で飛び跳ねた。

「いくのでしっ、そのままとどめを刺すのでしっ☆」

 ウサギモドキの声がする。おれは、はたと手を止めた。
 とどめ……って、どうやって? それ以前に、こいつも怪人ではあるがひとつの命だろう、それをやすやすと殺してしまっていいものなのだろうか。それとも、おれがそう考えてしまうのも、偽善なのだろうか。

「なにをぼやぼや考えてるでしかーっ!!」

 瞬間、声を上げている暇もなく、おれは床にひっくり返された。奴は、おれの体に馬乗りになって、首に刃物を突きつけてくる。しかも、おれが予想したとおりのカミソリを。

「くっ……」
「チェックメイト……だな」

 ちくしょう、ヨーヨー頭の怪人のくせに、そんなハイカラな二枚目キャラのセリフ使いやがって!
 おれは憤慨するが、もうどうしようもなかった。なにしろこの状態では、身動きが取れないのだ。
 ひょっとしたら、このスーツがミスリルだか何かでできていて、生半可な刃物など通さないという可能性もあるが、試してみたくはない。だいたい、ヨーヨーの持つカミソリがミスリル製でないなどという保証はないのだ。さて、進退窮まった。

 もう、このままやられてしまおうかな、などと身も蓋もないことを考えてみる。
 しかし、よく考えてみれば理不尽だ、いったい、なぜおれはこんな目にあわばければならない?
 おれは、ごく普通のSF作家志望の高校生なのだ。
 なんだって、戦隊ショーの主役になって、怪人に組み伏せられたりなんてしているのだ。
 おそらく、ウサギモドキなら、その辺の事情を知っているのだろう。
 おれは、ラヴィーをにらみつけた。ラヴィーはおれのほうを見ようともせず、目を閉じて、何か祈っているようにぶつぶつと言っていた。ああ、とうとうこいつにも見捨てられたか。進化の系統をはずれたようなウサギモドキとはいえ、今までは唯一の味方だったのに。

「さあ……お楽しみはこれからだ……」

 なんだかさっきから、ヨーヨー野郎の口調が変わっている気がするんだが、気のせいだろうか。
 だいたい、お楽しみってなんなんだ。このおれをいじめていたぶって苛んで遊んでしぼりつくしてからぼろ雑巾のように捨てる気か? 匣詰めか?
 最終的には殺されるんだろうが。残念ながら、おれはマゾヒストじゃないのだ。やるならすっぱりやってくれ。
 ああ、こんなことなら、森奈津子を師とあおいでその道を探求しておけばよかったかもしれない。

「さて、じゃあとりあえず、本当の君をみせてもらおうかな……」

 奴はカミソリの刃を鳴らして、おれのまとうスーツに切りつけた。何箇所も。
 密着型の戦隊スーツは、切られるとちぢんだようになって、おれの肌をあらわにした。男にしては青白い。
 引き締まった腹のあたりには、何本かカミソリの傷が入っている。真っ赤なスーツとおなじくらい赤い血液。
 奴は、その傷を何度かなぞると、傷の中へ少しずつ指先を入れ、いたぶりはじめた。
 痛みに眉をしかめ、必死でもがくおれ。

 ……ってちょっと待て、いつのまにか完全に路線が変わっているぞ。
 描写的に楽しかったので乗ってみたのは本当だが。なんだよなんだよ、こんな美少年(作者が記述してるんだから、嘘ではない)を裸にひんむこうなんて、いったい誰を対象にしたサービスだよ! 幼稚園生がそんなもん見ても喜ばないだろうに。これは戦隊ものじゃなかったのかよ。
 待て、戦隊ものなら、仲間がいるはずだ。そう、おそらくは四人の仲間が!
 それに思い至った瞬間、なにか細長いものが飛んできて、ヨーヨーの手に突き刺さった。

「ぐぎゃああああ!」

 うめく怪人の手に刺さっていたのは、見事にあざやかな、青い薔薇だった。それも、造花ではない。生きた、青い薔薇……。
 思わず、『虚無への供物』を連想した。おれの知っている青い薔薇は、まだまだ紫に近いような色で、中井英夫にささげたくなるようなものではなかった。
 おれがその薔薇にみとれていると、上方から、凛とした女の声が響いた。
 塀の上に人影がある。ちょうど逆光になっていて、顔はよく見えない。

「……生命の誕生とは、もっとも複雑であり、神聖かつ、冒すべからざるもの。胎児の見ている夢は、誰も知らないのだ」

 『ドグラ・マグラ』か! とおれは胸をときめかせた。
 中井英夫もでてきたことだ。どうにか、『匣のなかの失楽』と『黒死館殺人事件』もでてきてくれないだろうか。
 しかし、女の次のセリフを聞いて、おれの精神はぶっとんだ。

「何の実も結ばぬ同性、それも異種間での交尾など、笑止千万! 子をなさぬ性欲など、生物の本義から外れているわ! たとえBL業界が許しても、この私が許さない!!」

 …・・・栗本薫くらいは許してほしいな、という沙奈の声が聞こえた気がした。

 とおっ!
 女は塀の上から、宙返りしつつ華麗に飛び降り、ポーズを決めた。
 おれと似たような戦隊スーツの女性版に、ヘルメットはない。代わりに、スカウターらしきものをつけている。なかなか可愛らしい顔の女の子だった。多分、おれと同じくらいの年だ。
 少女は、今まで以上に大きな声を出した。

「科学とは論理、論理とは美学。科学防衛戦隊ロジカル☆ファイヴ、四の戦士セイブツグリーン、ここに見参!!」
「グリーンおそいでしっ☆」

 ウサギモドキ、久々の登場。セイブツグリーンと名乗った少女の肩にまとわりつく。

「ごめんごめん、古典の補習が長引いちゃってさ。でも、あんたの連絡受けて、必死で走ってきたのよ」
「それで、ブラックはどうしたんでしか?」
「あん、もうすぐくると思うわよ。ブルーはもうこっちに向かってるって。あと、イエローは学芸会の準備終わり次第直行するって言ってたわ」
「ちょっと待てえい! さっきから我輩を無視して何をやっておる!」

 ヨーヨー男がのそりと起き上がった。口調はもとに戻っている。おれは少しだけほっとした。

「何って? 決まってるじゃないの、あんたを倒す相談よ」
「なにをおおう! 我輩を倒そうなどと馬鹿なことを!」」

 あからさまな挑発にあっさりひっかかる怪人。さすがにヨーヨーだけあって、頭は少し不自由らしい。

「……解剖上等、切断ッ!!」

 グリーンは、一度できた隙を見逃したりはしなかった。どこかからメスと解剖バサミを取り出し、ヨーヨーに切りつける。
 目にもとまらぬ早業。すぱすぱと肉の切れる音をが響くと、いつの間にか、ヨーヨー怪人は内臓をむき出しにして、壁に貼り付けられていた。巨大な待ち針が、怪人の四肢を止めている。
 気持ち、悪い。たいがいの虫は平気だし、カエルの解剖だってできるが、ヨーヨーマンの体組織は人間に近く……心臓がどくどくと動いていたりして。粘液がねちゃねちゃと・・・・・・さすがにこれはちょっと、気持ち悪いぞ。
 しかし、グリーンはさもうれしそうに

「さあて、どこからスケッチしてあげましょうか? それとも先に、神経切断?」
 
 などとメスを煌かす。
 あわれなヨーヨー。残念ながら、相手はヨーヨーだ。幻想小説の風情など、まるでありはしない。

「ああっ、解剖するならやっぱり目がきれいだけど、こいつの目は小さいし、腎臓かなにかから先にいこうかな? 胃の中身を見てやるってのもいいかもね。とりあえず皮をはいでおこうかな。脳も見たいけど…ああ、脳なんてないかな、能なしヨーヨーだから!」
「グリーン! 遊んでないでさっさととどめをさすでしっ☆」
「はーい、わかってますよっ。さあて、それじゃあどうしようかな。やっぱ、酵素のはたらき止めるのが無難かな……こいつの体だって多分タンパク質でできてんだろうし、ああ、血液凝固阻止が手っ取り早いかな……ルーペっ!!」

 とたんに、上から(上には天井があるのだけれど、それがいつ天井を通り抜けたのか、おれにはどうしても見えなかった)巨大な、多分一メートル以上ある虫眼鏡が降ってきた。
 グリーンはそれを片手でつかむと、ぐるぐると回しはじめる。

「ターゲット固定完了。血漿環境変化……カルシウムイオン排除! ついでにpHも変えちゃえ2っ! とどめにATP供給阻害っ!!!」
「ぐぎゃあああああああー!!」

 ヨーヨーのからだは、なんかよくわからんがとにかく煙を出しながら、ぷすぷすと溶けてゆく。
 そりゃあ、まあ、生物体ってデリケートなんだから、そこまでやられたら生きてゆけやしないだろうなあ。
 おれを殺そうとしたり、はたまた襲おうとした奴ではあるけれど、少しばかり不憫だ。どうせならミトコンドリアでも暴走させればいいのに。
 ほとんど死にかけたヨーヨーマンを見ながら、グリーンはひとりごちた。

「私の技って、強力は強力なんだけど、ブラックやイエローみたいな派手さがないのが欠点なのよねー。たまには高速で衝撃波だしたり、フッ化水素とかぶちまけたいわあ」
「ワガママ言うんじゃないでしよお……」

 フッ化水素ぶちまける。おっかないなあ。この女を敵に回すのは、避けたほうがいいような気がする。

「さてと、あなたね? こいつが報告してきたレッド候補って」

 おれは話しかけられて、震え上がる。うかつに答えて硫酸づけにされたらたまらない。

「平気よ、あなたに攻撃しようなんて思ってないから」

 彼女はおれの心を読んだように言う。さてはテレパス?

「大丈夫でし☆ 彼女は味方でし☆ 怒らせると怖いけど……」
「……あんたを塩水につけて、水分しぼりだしてやってもいいのよ?」
「ほ、ほんとうはやさしい子なんでし!」

 なんだか、だいたい二人の関係が読めたような気がした。とりあえず、グリーンを怒らせるのだけはやめておいたほうが賢明のようだ。
 気をつけよう。

「で? どこまで話を聞いてるの?」
「話って?」
「だから、私たちの使命とか、敵の正体とか、もろもろよ!」
「いや……全然……」

 なんといっても、ついさっき突然ヨーヨー怪人に攻撃されたばかりなのだ。それまでは、まったく、こんな異常事態の兆候なんてなかった。ああ、おれもつい一時間前くらいには、ただのSFファンだったのに。

「ぜんぜん!? まったく!? 説明なしで戦ってたの!?」
「ちがうんでしよっ☆彼はさっきのヨーヨーマンに襲われて、致命傷を負ってたんでし☆ だから、サイエンシフィックパワーで回復させるために、変身キットを渡したでし☆」
「えええええっ、じゃあ、この子、入隊試験も受けてないの!?」
「緊急事態だったんでしよっ! 彼が死んだら、そもそもぼくは生まれてないはずでしから! タイムパラドックスが起きちゃうんでしっ!」
「でも完全なシロートを……」
「あのお……全然話が見えないんですけど……」

 おれが話しかけると、口論していたらしいラヴィーとセイブツグリーンが、いっせいに振り返った。

「そっか……えーと、そうだな、どっから説明しようかな。自己紹介でもしとこうかな」

 グリーンは乱れた髪をかきあげた。

「私は、さっきも言ったけど、セイブツグリーン。本名は児島裕未」
「ぼくはウサぴょん三世(ウサピョン☆ザ☆サード)でし☆」
「……うさぴょん?」

 おれのラヴィーちゃんというのも、相当にひどいセンスだと思ったが、うさぴょんとは、また……しかも三世だなんて。
 一体何がどう三世なんだ? ルパンか金田一か?

「ウサぴょんの三代目のクローンなんでし☆」
「あっそう」

 もうなんかそろそろ、ツッコミを入れるのにも疲れてきた。
 ダメだ、ツッコミを忘れたら終わりだ。ツッコめなくなった瞬間、おれはこのシュールレアリスムの世界に取り込まれてしまうのだ。シュール、超現実、まさしく今の状態を表す言葉だと思う。

「まあ、そういうわけで」

 グリーンは言いながら、おれの右手をとった。

「よろしく、藤堂正樹くん」

!?
!!!!!!

「あっ……おれの、おれのペンネーム! なんで知ってんだ!?」

 今、裕未が口にしたのは、まだ誰にも言ったことがない、この原稿中にすら書いていないはずの、おれのペンネームで……
 どうしてそんなものを、知っているんだ!? やっぱりテレパスか!? まあ、ここまで変なことだらけだと、テレパスくらい出てきたって不思議ではないんだけど。でもさ、テレパスってもっとこう、外界との齟齬に悩んでたりしないか? それともサイコメトラー?

「なんで、おれ、誰にも言ってないのに!」
「君の書いた本を読んだんでし☆」
「本って……おれ、まだデビューしてないし。同人誌も出してないし……」

 おれはこのペンネームを、今回の新人賞ではじめて使おうと思っていたのだ。
 そんなに奇妙な名前ではないから、あてずっぽうでいえないこともないかもしれないけど……
 おれはまるっきり、ルンペルシュツルツキン(鬼六でも可)の心境だった。いつの間にか「おれの名前は藤堂正樹♪」なんつって歌ってたんだろうか。
 
「あん、もう説明しにくいなあ! 愉快な説明オジサンだったら、ブラックの方が適任なんだけどな……」
「説明しましょう!!」

 バーン! まるで待ち構えていたかのようにドアが開き、そのむこうには三人の男女がいた。それぞれ、黒、黄、青の戦隊服を着ている。ヘルメットはなし。声を出したのは、中央のブラックのようだった。中では一番背が高く、若手の先生のような風貌だ。

「ブラック……ひょっとして、私がブラックの名前出すの、待ってた?」
「当たり前じゃないですか。もうちょっとボロを出すの待っててもよかったんですけどね……」

 ブラック氏が言うなり、彼の後ろに隠れているような体勢だったブルーが、つかつかと前へ進み出てきた。長い髪が印象的な、和風の美少女だ。眉をつりあげていて、なかなかに迫力がある。

「ちょっと、グリーン、さっき先生のこと、オジサンとか言ったでしょッ! 先生はまだ二十八なんですからねッ! オジサンなんかじゃないです!」
「二十八は十分にオジサンじゃないの…ねえ、イエローもそう思うでしょ?」
「俺から見れば、十六だってもうオバサンー!」

 外見と口ぶりから察するに、小学校低学年の男の子のようだが。イエローは、女二人の厳しい視線にさらされる。ああ、地雷踏んだな。十六にオバサンなんていったら、そりゃあ怒る。三十台でもまだ、お姉さんって呼ばれたがる女、いるもんな。

「あんたもともとはあたしより年食ってるはずなんでしょう! この若作りッ! 薬で小学生に戻れるんなら、あたしだって戻りたいですよっ!」
「なんだよその言い方! 俺は薬のまされたんだぞ! っていうか、わざわざ喧嘩を止めようと思ってふざけたのに、そのくらい気づけよ! 高校生!」
「なによ体は小学生のくせに! 大体、体は子供頭脳は大人ってそれパクリじゃない!」
「俺がパクったんじゃねえよ! やったのは科学壊滅教の奴らだ!」
「けんかはやめるでしぃぃぃぃぃぃぃーっ!!!」

 どっからあんな大声が出るんだ、というような声で、ウサギモドキが叫んだ。
 なるほど、これだけ喧嘩ばかりなのは、とっても戦隊的だ。戦隊はこうでなくちゃ。おれは一人うなずいた。

「とりあえず、みんな自己紹介をするんでし☆」

 ウサギモドキはこほんと咳払いをしつつ言い、戦隊のみんなは、しぶしぶそれに従った。

「じゃあ、僕からいきましょうか。僕は、ブツリブラック。本名は、関口雪人といいます。さきほどから話に出ているように、二十八歳で、この中では最年長……ああ、ウサぴょんさんを除いて、ですがね。都立高校で物理を教えています」
「そして、あたしは、関口先生の生徒なんです。高校二年生の十六歳。チガクブルー。本名は斎藤梨香。みんなにはサイちゃんって呼ばれてます。よろしくおねがいしますね」
「最後に、俺がバケガクイエロー。加賀俊哉。本来なら二十歳の大学生。まあ、科学壊滅教、さっきお前を襲ってた奴の仲間に、変な薬を飲まされて以来、子供の体になっちまった。今は小学三年生ってことで通ってる」
「……はあ」

 一気に登場人物が増えて、書き分けがむずかしくなったな。おれはぼんやりとそんなことを考えながら、生返事をする。

「で、そちらの自己紹介はないんですか?」
「あ、えーと……」

 四対の目に迫られて、おれは動揺する。きちんと名乗らなくてはいけないのだろうが、おれは自分が一体何の戦士なのかを知らないのだ。色が赤だということは、なんとかレッドで、リーダーなのだろうが……生物も地学も物理も化学もすでにいる。あとは何があっただろうか。宇宙工学? 情報処理学? はたまた動物行動学?
 しかし、おれの迷いを見越したかのように、ウサギモドキが言った。

「ソウゴウリカレッドでし☆」
「そっ、総合理科あ!?」

 確かに、高校の理科の科目ではあるが、なんかそれって、情けないぞ。せめて遺伝学とか量子力学とか宇宙論とか天文学とか論理学とかいろいろあるだろうに! おれの非難がましい目をあざわらうように、ウサギモドキは口にする。

「セイカツカレッドでもいいんでしよ?」
「総合理科でお願いします」

 生活科なんて、邪道だ! 理科と社会を一緒にするなんてむちゃくちゃだ。あんな、カリキュラムを減らすために作られたような科目とは、関わりたくなんてない。おれはとっとと自己紹介をすますことにした。

「おれは、まあ、とりあえずソウゴウリカレッド。本名は平原祥吾。なんかよくわからないけど、いつの間にか戦隊に組み込まれていた。高校三年。以後、よろしく」

 おれが一気にいうと、イエローが疑問の声を上げた。

「あれ? お前、確か藤堂っていうんじゃなかったっけ?」
「ああ、だからそれはペンネーム……って、どうして俺のペンネームをみんな知ってるんだって!?」
「説明しましょう!!!」

 ブラックが叫んだ。どうやら、これが彼のキメ台詞らしい。さすが教師だ。格が違う。

「さて、はじめに、……君は、タイムマシンの是非について、どうお考えになりますか?」
「はい?」
「未来を先に知ってしまうことの是非ですよ。その答えによっては、ちょっと話せない部分も出てくる」
「あ、ああ……」

 なんかよくわからないけど、この質問に答えないと、話が進みそうになかった。おれはしばらく考えて、言った。

「……今は、とりあえず、この現象に説明をつけてほしいって思います。タイムマシンの是非って意味じゃ、そもそもそんなの、存在できるかどうかが怪しいけど……まあとにかく、知ってること、全部話してください」
「了解」

 ブラックは微笑んだ。

「ちょうど三時です。お茶でも飲みながら、話しましょう」
「はい」

 うなずいてしまってから気づいた。この場合、ひょっとしておれが紅茶をいれるんだろうか。
 いぶかしげな眼差しをブラック氏に送ったが、彼は微笑んだままだった。こいつ、のほほんとした顔でなかなかやるかもしれない。
 と。

「私、コーヒーがいいなあ」
「……できれば、お茶はダージリンにしていただけると、あたしは嬉しいんですが」
「ホットココア!!!」

 ……見事にハモった。
 ああそうかい、なんだったら中央アルプスのおいしい井戸水にでもしてやろうか!
 しかし、ただでさえ立場の弱いおれが、さからえるはずもなく。サイエンシフィックパワーとやらで解剖されたり、硫酸ぶっかけられたりしたらたまらない。おれはあきらめて台所に立った。

 ああ、おれってひょっとして、戦隊の中では苦労人の役回りなのかもしれない。
 仕方ない、なんといっても、レッドなんだからな。熱血漢でもない限り、苦労人になるしかないんだろうなあ。
 おれは仕方のないこととはいえ、ため息をついた。

 子供のころは何気なく見ていたけれど、戦隊のリーダーって、偉大だ。



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