科学防衛戦隊ロジカル☆ファイヴ! 第一話 昼下がりに姫君は笑う



「『そしてそれは、新しい時代の幕開けでもあった』……っと」

 おれはそこまで書くと、しばし手を止めた。
 ひょっとしたら、この『時代』という箇所は、『物語』に直したほうが適切かもしれない。
 推すべきか、敲くべきか。いわゆるスイコウというやつである。漢詩なんぞ書いたことはないが。
 そういえば、やっぱり中島敦は偉大だ。『文字禍』は永遠の名作だろう、ああ、いや、あれは漢文関係ないが。
 まあ、今は悩んでいてもしかたがない。
 おれはディスプレイに表示されている『時代』の文字にマーカーをつけた。こういうところは、あとあとから考えればいいのだ。締め切りまではあと数週間もある。

 締め切り、といってもおれは職業作家でも、同人作家でもない。しがない、いち高校生だ。
 おれの名は平原祥吾。
 志望は一応、SF作家である。
 けれど、おれ程度の文章力で、すぐに作家になれるなどとは、微塵も思っていない。
 とりあえず今は、好きな化学の勉強をやりつつ、小説のスキルを磨きたいと思っている。



 さて、締め切りである。
 この場合の締め切りというのは、おれがよく読む某ジュニア文庫の新人賞のことだ。
 おれは、一応SFが一番好きで、書いていてもしっくり来るのだが、最近はなんだか、時勢がミステリやらホラーやらに傾いていて、新人賞などないに等しい。(もちろん、ミステリ・ホラーも好きだが、こちらは読み専だ)新井素子なんか読むと、状況は似たり寄ったりだなと思うのだが、ただひとつ、違うことがある。最近は、いわゆるヤングアダルト、ティーンズ小説と呼ばれるものが台頭していて、割と自分の書きたいものに近いのだ。子供向けだなんて思っていると痛い目にあうような、粒ぞろいのSFだったりする。だから、おれも応募する気になったのだが、できれば、もうちょっと本家本元のSF雑誌にも頑張ってほしい。SFがメジャーでないはずなんてない。星新一のショートショートなど、英語の教科書にも載るのだ。
 今すぐ作家になりたい、というわけでもない。今でなければチャンスがない、というわけでもない。そんなおれが、なぜ賞に応募するのか。ありがちな話だが、青春の記念、である。
 青春、ああ、なんて気恥ずかしい言葉だろうか。
 要するに、おれはもうじき高校を卒業するのだ。大学で青春とやらができないわけではないが、やはり、高校生の感覚というのは、一種独特だと思う。

 義務教育は終えたが、ひとり立ちなどできず、決して学問の徒ではない。モラトリアムの時代とも少し違う。
 毎日が、どうでもいいようなことばかりで過ぎていって、けれど、それなりに懸命で、辛酸をなめたわけでもないけれど、少しずつ、自分のやるべきことを自覚し始めている。(実は、そういった高校生の微妙な側面を、一番うまくついているのは恩田陸じゃないかと、おれは思っているのだけど。)
 不安定なようでいて、実はわりと安定していて、だけどやっぱり迷ってばかりいる。おれは、そういう普通の高校生だ。
 その、感覚、高校生であるということの感覚を、保っていられるうちに、形にしておきたいと思った。今現在のおれのすがたを、作品の中に残しておきたいと思った。それには、この新人賞を目標にするのが、一番いいと思った。

 そんなおれの感傷を、確信犯的だかなんだかであおったのが、クラスメイトの雨宮沙奈だった。

 クラスメイト。それだけ? と問い詰められそうだ。
 いわゆる彼女、といったほうがとおりがいいかもしれない。

 彼女(この場合は、三人称単数現在のsheだが)も、相当に変な人間だ。(人間でなかったらSFにもなったかもしれない)
 第一に、読書家である。むしろ立派な活字中毒者だ。

「一生のうちに、遺伝暗号と同じくらいの量の本は読んでおきたいのよね」

 いつか彼女は言ったが、今のペースなら、大学時代にはそのくらいの本読み終わるだろう。なんといっても、小学校時代には、小さいとはいえ図書室のおはなしを全部読破してしまったというのだから。もうとっくに、目標は達成しているのかもしれない。
 第二に、ミステリファンで幻想文学少女だ。だから、グロテスクなものも平気で受け入れる。
 目の前に猫の死体が転がっていても、冷静に対応する。もちろん、悼む気持ちはあるのだろうが。驚天動地の物語ばかり読んできたせいなのか、なかなかいい面の皮をしている。
 第三に、なかなかの美少女である。
 そう、一見、フォークよりも重いものを持ったことがなさそうな、はかなげな少女なのだ。窓の外の葉がすべて落ちてしまったら死んでしまうような、薄幸の美少女の系統。
 しかし、実際は、京極夏彦のレンガ本くらいは当然のように片手で読むし、あと一枚の葉を散らさないように木にのぼって葉をテープでとめるくらいの根性はある。
 第四に……などと続けていたら、どこまでつづくかわからない。
 四十個くらいは平気で挙げられそうな気がする。もっとも、十を越えたあたりで、口からでまかせモードに切り替わるのだが。
 しかし、妙なところがひとつもなければ、SF作家志望のひねくれた心を捉えることなどできなかっただろう。
 揺れるはボクのロンリーハート。キミは心の清涼剤。
 などと、また馬鹿を書いて、ページを無駄にしてしまった。おれが書き始めると、ページはいくらあっても足りない。
 SF作家志望の人間としては、三十ページくらいは彼女の外見描写に使いたいのだ。むろん、練習としてだが。とにかく、枚数が危ない。この辺で切り上げよう。念のために言っておこう、今のくだりは惚気だ。読み飛ばしてもらっても、まったく差し支えない。

 さあ、何の話だったか。新人賞の話だ。
 今のところ、何の脈絡もなく話が進んできているが、おれはミステリ作者ではないので、読者を混乱させようともバッドトリップさせようともちゃぶ台ひっくり返させようとも思っていない。ただ、思考の流れるままをつづるだけのこと。そう、これは私小説だ。こんな切り返しがメタフィクション的でないと誰が言おうか。
 おれが書こうとしているのは、SFといっていいのかどうかわからない話だ。
 一応、舞台は未来に設定してある。機械類が一度、完全に滅び去ったあとの世界、動かない機械のボディはあっても、誰もその動かし方を知らない時代。“芸術家”と名乗る子供たちばかりの集団が、機械を自分たちの作品に使おうとして……っと、これ以上はネタバレだ。悪いことは言わない、完成原稿を読んでもらったほうが、絶対に面白いはずだ。



 まあ、そんなこんなでおれは、原稿をひと段落させて、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたのだ。
 完全にリラックスして、このあいだ沙奈から借りた小説なぞ読みながら。
 小説、恋愛ものなどとおもったら大間違いだ。綾辻行人の『殺人鬼』。おれでも時々目を背けたくなったおそろしいスプラッタ・ホラーだ。不死身の殺人鬼に追いかけられたり、目をえぐられたり、めためたに叩きのめされたりするのだ。電車の中では読みたくない。
 しかし、これだけ血や内臓の飛び交うシーンが続いているのに、よく、形容詞がなくならないものだと思う。同じような言葉だけでは飽きてしまう。
 おれはその華麗で残酷で凄惨なレトリックを、存分に味わっていたのだ。

 そんな時だった。

 ぱららららららららっ……がしゃん。

 非日常的な音がして、おれのからだは一気に吹き飛ばされた。
 向こう側の壁にたたきつけられる。
 えーと、今のはおれの気のせいじゃなかったら、機関銃じゃなかったですか?
 あいにくおれはSFファンであって、銃器マニアじゃない。レイ・ガンの種類なら見分けられるかもしれないが、あいにく現実の銃はからきしだ。だから、それのメーカーだとかはわからないのだが、だが、この状況が異常なものだということはわかる。
 窓ガラスが割れている。わき腹のあたりがじんじんと熱い。
 なんだか感覚というものがすべてどこかへいってしまったようで、じわじわと侵食してくる痛みも、どこか非現実的だった。
 にじんでくる血で、沙奈の本が汚れてしまいはしないか、そんなことが気になった。もともと血をモチーフにした装丁ではあったけれど、だからといって汚していいものではない。せめて何かカバーをかけておくべきだっただろうか。

「グアッハハハハハハハハハ!」

 そんなおれをよそに、部屋の中に、下卑た笑い声が響いて。
 ……えーと、あれは……なんだ?

 おれの思考が中断したのは、傷の痛みのせいなんかじゃない、ただ、目の前で起こっていることが理解できなかっただけのこと。

「ガハハハハハ! 人間とはやわいものだのう、もう虫の息だわい」

 そこにいたのは、まあ、なんというか、その、……一番近いのは、幼い日の思い出。ノスタルジックな感傷。テレビの前でであった不思議な存在。
 (たまには文学的に描写してみよう。怪我をしているのにこんなことを考えていられるなど、おれもなかなか、一人称小説に向いた体質をしている)
 それは、強いて言うならば、誰でも一度はハマる、戦隊ものの怪人だった。
 (最近はおおきなお姉さまもハマるらしいが)
 ああ、懐かしき思い出。けれど、現実に見るには、あまりにシュールすぎやしないか。

 そいつはセーラー服を着ていた。けれど、頭がヨーヨーだった。
 比喩ではないのだ。ご丁寧に紐までついたヨーヨーが、セーラーの襟からにょっきりと生えている。目鼻は見当たらない。
 右腕に当たる部分には、さっきおれを打ったのだろう機関銃が伸びていた。
 こりゃあ確実に、左手にはカミソリくらい隠しているだろう。ああ、このネタは少し古いか?

 こんな幻覚をみるようでは、もう駄目だろう、などと自嘲的に考えてもみるが、きっと、これは幻覚なんかじゃない。
 幻覚にしてはあまりにも鮮明だ。機関銃のごつごつとした質感も、見るだけで感じ取れる。

「お……まえ、だれ、だ?」

 思ったよりも声が出なかった。息が荒い。
 ひゅうひゅうと喉を通り抜けてゆく。これはひょっとすると、本当にやばいかもしれない。
 ああ、ごめんなさい。ホラーなんてもう読みません。ちょっと打たれただけで、こんなに痛いなんてな。
 理屈ではわかっていたはずなのに、忘れていた。流れ出す血が、こんなにも重いってこと。
 はい、もう、完全犯罪を芸術だなんて言いません。あ、三億円事件は例外ね。

「う……お前、は……」

 殺される前に、せめてその理由が知りたくなるのが、人の世の常。回答によっちゃ、末代までたたってやる。

「ガーッハッハッハ!教えてやろう。我輩は科学壊滅教第一の刺客、ヨーヨーマンさまよぉ!」

 そいつ、ヨーヨーマンなんていう名乗ってるのか何なのかよくわからない名前をもつ奴は、腰に機関銃の腕をあてて、ふんぞりかえった。純真なセーラー服すがたであんな下品な格好しちゃって。助平なオジサマたちが大喜びのアングルだ。それにしても、こいつ、口はどこにあるんだろう。発声器官は?
 そろそろ意識が朦朧としてきたらしい。あぶないな。余計なことばかり考えてしまうのは、危険な証拠なのだ。もうじき、走馬灯とやらも見えるのだろう。最後に、沙奈の顔は見られるだろうか? 『殺人鬼』の本が出てきたらいやだな。そういえば、走馬灯を永遠に繰り返してゆけば、決して死ぬことがないと言った作家がいたっけ。すべてははじめに戻ってしまって。ちょっとしたリドル・ストーリィ。ああ、もうおれ、それでいいや。もう一回最初っからやり直そう。
 その瞬間、だった。新たな要素が、窓から飛び込んできたのだ。そう、文字通りに飛んで。
 ぴるるるるーん☆★☆

 ありえない音がした。

「やめるでしっ☆」

 そいつは、ウサギに似ていた。似てはいたけれど、まったくウサギじゃなかった。

 まず、体に比べて足が異様にでかい。
 やたら長い耳とおなじくらいある。つぶらな、つぶらすぎで鳥のように見える瞳。
 細くて長いしっぽ。長くて、さきっぽには星がついているような格好をしている。

 「魔法少女ルビィ」とかそういう感じの魔女っ子ものにでもでてきそうな小動物。それが一番近かった。
 あれは、アニメで見るからかわいいのかもしれないが、実際にみるとなかなかグロテスクなものだ。
 体がふよふよとしていて、とてもリアルだが、あきらかに地球の生き物ではない。おそらく、体はタンパク質でなんてできていないし、きっと細胞構造なんてないのだろう。

 ふむ、そのウサギ、いや、ウサギモドキ。
 もう名前つけてやれ。ラヴィーちゃんなんて、かわいくっていいんじゃないか? そいつはヨーヨー怪人の前に立ちはだかった。

「やめるんでしっ☆ 何をするでしっ☆ 銃をおろすでしっ☆」
「我輩がそんな命令を聞くと思うか! ガハハハハハ!」

 おれの腹に銃弾がうちこまれた。がくんがくんと体がはねる。ああ、お隣の山田さんが不審に思いはしないだろうか。こんな激しい銃声。

「やめるでしいっ☆ それ以上やるなら、こっちにも覚悟ってものがあるでし☆」

 ウサギモドキのラヴィーちゃんが、頭の上に手を掲げて、何か気をためはじめた。
 虹色の光が部屋中を射る。ウサギモドキの抱える光は、だんだん強くなってゆく。

 ああ……母ちゃん、おれ、もう駄目だ。なんかもう、ものすっごい幻覚が見えてるよ……。

 ウサギモドキは光の弾をヨーヨー男にぶつけるが、あっさりとかわされる。
 光は壁にぶつかって拡散し、ついでにその付近を破壊した。ああ、父さんが大事にしてた熱帯魚の水槽も、こっぱみじんだ。
 おれをおいて勝手に戦闘を始めてしまったそいつらに、おれは白い目を向ける。というか、もう白目しかできない。
 先立つ不幸をお許しください。アーメン。

「わーっ、待つでしッ☆ 死んじゃダメでしッ!!!」

 もはや動くことをあきらめたおれの腕に、ウサギモドキは何かをにぎらせた。
 本、だろうか。ハードカバーの。おれの触覚を信用できるなら、ちょうど小学生の辞書くらいの厚さだ。手触りから見るに、講談社ノベルスのレンガ本ではないらしい。

「叫ぶんでしっ! 『マジカル・ロジカル・トランスフォーメイション!』」
 
 この状態でどうやって叫べと? もう声なんて出ないだろうに。英単語らしきその意味もよくわからないというのに。

「魂でし☆ 魂で叫べばいいのでしっ☆ 声が出なくても関係ないのでしッ!!さあ、『マジカル・ロジカル・トランスフォーメイション!』」
「まっ、まじかる……ろじかる、とらんすふぉーめいしょん……」
「もう一度! 声が足りないでし! 早く!」

 こちらは文字通り必死でやっているのに。やっぱり声の問題じゃないか!

「ぬわあにをごちゃごちゃとやっておる!科学狂信者の手先め!」
「狂信者はそっちでしよッ☆」

 とたんに爆音。あちらこちらが崩れ落ちるような音。びしばしと殴音。
 マジ駆る・路地刈る・取らん酢ホーめー書ん……音だけを無意味に頭の中繰り返す。まじかる。ろじかる。とらんすほーむ。ほーまー、ほーめすと。

「わかったでし、一緒に叫ぶでしっ☆」

 ウサギモドキは、おれの耳元で叫んだ。その距離数センチ。ラヴィーの気配が伝わってくる。空気がかすかな熱をおびている。こんな地球外生命体(仮)にも、体温があるんだな。これはちょっと新発見だ。今度書く話につかおう、生きていられたらのはなしだけれど。

「だいじょうぶでし☆ 叫ぶのでし☆ ぼくがついてるのでし……さあ!」

 ラヴィーの声が少しだけ頼もしく聞こえた。自分は相当弱気になっているらしい。
 とにかく、おれはその呪文を、口の中で転がし続けた。
 まじかる・ろじかる・とらんすふぉーめいしょん……まじかる・ろじかる……マジカル・ロジカル・トランスフォーメイション!



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