私の声。体を起こす衣ずれの音。階下から聞こえる、くだらないバラエティ番組の音。わざとらしい笑い声。ちょうど外を通り過ぎていった石油カーのオルゴール。隣の赤ちゃんの泣き声。それをあやす母親の声。やけに目立つ電話のベル。時計の針がふれる音。小学校の授業開始のチャイム。ドラムの練習音。本のページをめくる音。炊飯器が米を炊く音。携帯電話の着信音。悲鳴。テレビのスイッチを入れる音。錆びついたドアの開く音。いくつもぶらさがったキーホルダーがぶつかる音。鳥の羽音。プレイヤーから流れる音楽。パソコンの起動音。子供達のだるまさんころんだ。ねぎを刻む包丁の軽快な音。強い風が通り過ぎる音。葉の鳴る音。ドップラーボール。誰かの空咳。万年筆をはしらせる音。誕生日のメッセージカードについていた電子オルゴール。ハサミをつかう音。電子レンジの呼び出し音。ブランコの揺れる音。キーボードを叩く音。雨の音。何かのダンスミュージック。ハイヒールの靴音。お寺の鐘の音。車のクラクション。鈴の音。陸上部が走っている足音。銃声。スナップをはめる音。ガラス窓が割れる音。ラジオ体操の掛け声。なわとびで二重跳びに挑戦する音。テレビゲームの効果音。かたい蓋を開ける音。コップにジュースをそそぐ音。アニメ音楽。幽霊の出てきそうな音。やわらかいものをすする音。虫の声。下校放送。風鈴の音。授業中のおしゃべり。競馬のファンファーレ。武道の掛け声。カメラのシャッターの音。マジックで落書きをする時の音。フリスビーを飛ばす音。目覚し時計の元気な声。家が揺れる音。せんべいを食べる音。カッターの刃を出す音。防犯ベル。フロッピーディスクの読み取り音。バスケットボールのドリブル音。女の子たちの黄色い声。焚き火の燃える音。へたくそなピアノ。猫の鳴き声。音叉。ファックスの音。シャンパンの蓋を飛ばす音。呼吸音。暴走族のバイク。草笛。プールに飛び込む音。花瓶を落として割った音。ゴールテープを切る音。水のせせらぎ。友人達の笑い声。泣き声。怒った声。歌声。喜びの声。悲しみの声。何かをうったえている声。








































 ついこのあいだまで、耳になじんでいた音たち。
















 一瞬の沈黙のあと、すべての音が、私におしよせてきた。
 今まで真っ白だった私の中に、さまざまな音がおしよせてきた。

 けれど、どうしてだろう、その中に、西川修吾の声だけが、なかった。ずっと聞こえていた、とぎれることのなかった彼の声だけがなかった。

「……修吾? 修吾?」

 その名を呼ぶ私の声に、なんら変わるところはないのに。なのに、聞こえなかった。
 耳に手をあてた。自分の血液が流れている、そんな音まで聞こえた。それなのに。



 たったひとつ、聴いていたかった音楽があったの。きみの声を、少しでも長く聴いていたかったの。
 ねえ、知ってる? 私が君の声を、君の心の中の呟きを、君のゆめの世界の話を、ずうっと聴いていたの。
 そして、ずっと君に話しかけていたの。言葉じゃないけれど、ずっと話しかけていたのよ。私の体が、たったひとり、君だけに話しかけていたのよ。気付いてくれた? ねえ、ねえ、修吾、気付いてくれた? ねえ、お願い答えてよ、もう一度あの声で答えてよ、あの声を聞かせてよ。ねえ。





*     *     *






 この世界には、雑音ばかりがあふれている。
 だから、きみの声が聞こえない。




Fin.     




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