夢野久作『ドグラ・マグラ』 昭和51,角川文庫など



目を覚ましたそのとき、私は何もかもを忘れてしまっていた。
ここはどこだ、監獄か、精神病院か。壁の向こうから声が聞こえる。
「お兄さま……お兄さま。お声を聞かして……。お兄さま」
キチガイか?あの少女は?いや、自分が?なんだかおかしな気分だ。
若林博士?正木博士?奇妙な紳士の言うことには、
恐ろしい事件にまきこまれ、正気を失った私は、「狂人の解放治療」の実験体になったと。
事件?記憶にない。何も覚えていない。実験体?何のための?
チャカポコチャカポコ鳴りひびくよ外道祭文。驚天動地の脳髄論。
どこへゆくのかゆかぬのか、あれは誰か私はあれか、見えない解けないドグラ・マグラ。
アアーッ鳴り響くよ胎児の鼓動。キチガイ地獄は繰り返す。


 ――これを読むものは、一度は精神に異常をきたす。

 ええと、不適切な表現があるかもしれませんが、この作品を紹介するにあたっては、どうしても、どうしても使わなきゃいけない言葉なんで、使わせていただきます。“狂気”なんてコトバじゃ追いつかない、まさしく“キチガイ”というのが相応しい小説です。

 あらすじがあらすじになっていないのも当然の事で、この話、幻想文学の一種なのですが、ホラーに近いかもしれません。読んでいる間、どうしようもなく怖いです。心臓がバクバクいいっぱなしで、体に伝わってくる鼓動が余計に怖さをあおるというか、そういう怖さがある本です。
 初めに書いた――付の部分が、この本のキャッチコピーです。読むだけで狂うってとんでもない言葉ですが、ある意味あたっていると思います。
 精神的に少し参っているときに読んでしまったら、ひきずられて帰ってこられなくなる、そのくらいの危険性はあると思います。この私が、体中をぐるんぐるんかき回されるような感覚を味わいましたから。少なくとも、テスト前にだけは読まないほうがいいと忠告しておきます。

 何が怖いって、まず、この人の言葉遣いが絶妙に怖いです。独特の文章リズムと、それから会話で多用される片仮名。どこか作り物めいた、“キチガイ”のしゃべり方を書かせたら、右に出るものはいないと思います。
 そして、内容。これはもはや怖いなんていうもんじゃないです。説明できない怖さがあります。
 あと、特筆すべきことといえば、構成が少し変わっていて、作中に、登場人物である正木博士が書いたのだという論文が挿入されており……挿入というよりはそれがメインになっております。そのテーマは、ずばり「脳髄はものを考えるところであるのか」。そういう内容に興味がある人が読んでみてもなかなか面白いんじゃないかと。(なんといっても理科生ですしね……)

 どうやら最近は、夢野久作、ひそかに流行っているらしく(……どこでどう流行っているのか私が知りたいくらいなのですが)角川ホラー文庫でいろいろな短編が読めるようになってきているようです。頑張れホラー文庫。


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