*告白の瞬間*



 「私、高瀬君のことがずっと、好きだったのよ。」
 冷たい風が僕の頬に吹きつけた。もうすぐ春だと思って油断していた。手袋のない剥き出しの指が悲鳴をあげている。
 せめてコートくらい着てくればよかったな。詰襟の制服ならば少しは暖かかったかもしれないけれど、僕たちの中学の制服はブレザー。今では詰襟のほうが珍しいのだっけ。あれは首のところが苦しいと、転入生の友人が言っていたな。
 だけどそれでも、女子よりはましだ。女子のスカート、あれは足元が寒いだろう。いくらハイソックスをはいていても、北風は防ぎきれない。ニーソックスでも少し無理かな。足元がすかすかして…まさか、すかすかするからスカートっていうのか、なーんて。馬鹿なこと考えてる場合じゃないって。

 彼女の背景はオレンジ色。夕日の周りを、赤と黄色と橙の渦が取り巻いている。
 まるで小学生のときにやったマーブリングのよう。僕の後ろはもうすでに青暗くて、遠ざかるほど深みの増してゆくブルー。一番星はまだかな。
 全く正反対の色に見えるオレンジとブルーなのに、空は確かにつながっている。なんて複雑なグラデーション。
 僕と彼女のちょうど間の所で、夕焼けの領域と夜の領域が分かれているように見える。なんて、悠長に風景描写している場合でもないってば。

 彼女の顔が陰になっている。逆光というのだっけ、こういう状態。今写真にとっても、彼女の顔は映らないだろう。
 僕には彼女の顔が良くわからないけれど、多分とっても綺麗な表情をしているんだろう。それは声の調子でよくわかる。
 この表情残しておきたいな、なんてね。カメラじゃ無理なら、いっそ駅前の似顔絵描きの人たちを呼んで来て、最上級のキャンバスにでも、写し取ってもらおうか。

 だから、関係のないことばかり考えてるんじゃないよ、僕は。
 物語なんかで思考停止ってよく言うけれど、あれ、思っていたのとは微妙に違うな。思考が現実から逃避するんだ。
 それで、今目の前にある現実とは全く関係ないことを考え始める。しかも、その考えなんかは、いつもの自分なんかよりもずっと冴えてたりして。

 僕の名前は高瀬一馬。今現在の地点から歩いて七分少しの場所にある中学に通う三年生だ。
 え?何セルフナレーション入れてるのかって?もちろんどこかにいるかもしれない読者様のためさ。余計な事を考えているよりは、自己紹介でもしているほうがよっぽど有益だろう?

 ああ、でもそれならば、今日の数学の小テストで解けなかった問題でも考えているほうが、よっぽど有益かもしれないね。
 読者様なんて本当にいるのかわからないわけだし。実際にあったテストの答えのほうが、よっぽど重大なはずだ。
 大丈夫、思考を集中させよう。

「高瀬…くん?」

 びくうっ!自分の体が、ものすごい勢いで跳ね上がったのがわかった。
 ああ、心臓のせいだ。心臓のドキィンという音が、体中にまで響いたんだ。しかし、彼女の声にここまで反応するなんて、僕はなんて律儀なんだろう。
 昔学習雑誌の付録についてきたビデオを思い出したよ。ほら、あの電気を流すとカエルの足がビクンと動く奴。何の実験だったかは忘れてしまったけれど、僕の身体はあんな感じにふるえた。
 君の言葉が電気刺激?さてね。音は確か振動だっけ。君の声の振動数は幾つだい?少なくとも僕よりは多いのだろう。彼女の声は決して高いキャンディ・ヴォイスではないけれど、僕だって決して声変わり前の高い声ではないから。

「高瀬君…私の声、聞こえてる?」

 びくびくっ、またしても律儀な反応。
 びくびく、なんて声に出してみると、まるで浜に打ち上げられた魚のようだ。びく?びくって、あの釣った魚をいれる魚篭か?まさかそれが語源だったりしてな、まさかな。

「あのー高瀬君…さっき私の言った事、聞こえてたのかな…聞こえてなかったのかな…?まさか、あなた、『女の子の告白は絶対に聞こえない』なんていう妙な体質を持っているわけじゃないわよね?」

 そんな馬鹿な。なんで君までそんなわけのわからないことを言い始めるんだ。思考回路がおかしくなるのは僕ひとりで充分なのに。
 君が正常でないと物語が進まないだろう?

「それとも…まさか、立ったまま気を失ってたりは…」

 ほらほら、そんな事考えちゃいけないよ。
 まずいな、この病気は伝染するようだ。誰か、隔離病棟を用意してくれ。このままでは、彼女の頭の中身まで、僕と同じウイルスにやられてしまいます!なんてね。

「高瀬くーん…カズくーん、ご飯できたわよー。」

 さすが元演劇部長。声がしっかりと通っている。
 ただごあいにく様、僕の母は、今では僕の事をきちんと一馬と呼んでいる。確かに、中学一年のころまでは、そんな風に呼ばれていたけれど。
 彼女は知っていてやっているんだろうか。知っているんだとしたら、一体どこからそんな情報を手に入れたというのだろう。
 『女の子の情報網は怖いわよー』そんな姉の声が去来した。

「高瀬君…本当に一体どうしたの?」

 はい、君のせいです。君のせいで僕は今、実のあることが考えられずにいます。
 
 あー、あー、ただいまマイクのテスト中。駄目だ、まだ声は出ない。
 どうにかして彼女に何か言わないと、この奇妙な状態が続くだけだ。それはわかっているんだ、わかっているけれど声が出ない。
 王子様の前の人魚姫。僕は姫なんかじゃないけど。

「高瀬君…迷惑、だった?」

 迷惑。
 いや、好意自体は迷惑なんかじゃない。僕自身だって、彼女のことは決して嫌いではないし、いや、自分の考えの中なのだからはっきりと言ってしまえ。
 むしろ、彼女のことは好きだ。
 ああ、とうとう言葉にしてしまった。でもまあどうせ誰かに知られるわけじゃないんだ。近くにテレパスの方かなにかいない限りは…目の前の彼女がそうだ、という可能性はないわけではない。
 でも、この場合は彼女がテレパスのほうが都合いいのかもしれない。今の僕は驚きで声が出せないのだから。
 考えるだけで思いが通じる。わお、なんて便利な事でしょう。それなら告白なんてする必要もないのだけどね。
 
 せめて首を振ることくらい出来ればいいのだけれど。そうすれば君にだって、僕が少なくとも迷惑だとだけは思っていないとわかるだろう。
 ああ、コミュニケイションの不確かさ。今度の課題作文の主題にでも出来そうな言葉だね。

「私ね、…正直に言っちゃうけど、初めて見たときから…ずっと、高瀬君をいいなと思ってたの。どうしてだかわからないんだけど、この人だ、と思った。」

 感動的な告白シーンだ。
 主演女優賞は決定の素晴らしさ。なのに主演男優がどうしようもないんじゃしかたないだろう?
 おいしっかりしろよ高瀬一馬。そろそろ監督の鉄槌が飛ぶぞ。何か行動を起こすのだ。何でもいいから動かないと、観客だって見てて飽きるさ。

「……高瀬君が、好き。」

 彼女の瞳がまっすぐに自分を見つめている。
 ああ、誰か僕に力を下さい。この状態から動く力を下さい。神様仏様閻魔様、このさい地震雷火事親父さまがたでもいいですから、誰か僕に力を下さい。

「それだけ、伝えておきたかったの。返事は、いいから。」

 瞳がいま、きらりと光った。
 まさか今のは、涙だろうか。そんな、泣かせるわけにはいかないよ。
 何でもいいから、今は何も言えず動けないだけと、彼女に伝える方法は?
 手話筆談口パク尻文字モールス信号ボディーランゲージ。駄目だ全部体を使うじゃないか。
 そういえば、あの瞬間から、僕は瞬きすらしていないような気がする。こんな事なら、どこかの新興宗教かなにかででも、テレパシーの修行をしておけばよかった。

「じゃあね。」

 ああ、彼女が行ってしまう。僕がまだ何も言っていないうちに行ってしまう。
 僕の思考の流れが彼女に伝わればいいんだが。
 困った時の作者頼み?お願いしますよ作者さま。僕の身体を動かしてくださいよ。まさか登場人物をいじめるのが趣味のサディストでもないでしょう?いや、その可能性もありえるか。
 物事を考える場合は全ての可能性を考えなくてはならないのです。へえ、つまりたとえ宇宙人犯人説が突如として現れたとしても、僕は認めなきゃならないわけか。

 それともお願い読者様。もしも僕の思考を読んでいる読者様がいるのなら、それをそのまんま、彼女に渡してくださいよ。
 かなり恥ずかしい事も考えたような気もするけれど、とりあえず、このままよりかは遥かにましです。

 彼女はもうすっかり見えなくなってしまった。
 けれど、僕はまだ石のように固まって、動けずにいる。ああ、これはもう、金縛りとか超常のもののしわざと考えたほうがいいのかもしれない。
 そんな事を考えている僕はやっぱり混乱しているのかな。まったく情けない。

 こんな事、つらつら考えていても、読者様はあまり面白くないだろうな。そろそろ終わりにしたほうがいいのかもしれない。
 彼女のことは、また明日…いや、とりあえず、この体が動くようになってから考えよう。



Fin?   




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