*どこまでも遠い星の下で*
「今日、先生の言っていたことは本当なのかなあ」
桐葉は、隣にいる昴のほうを見た。昴の目には夜空の星たちがちりばめられている。闇の中ではわからないはずのその顔は、月明かりと星明かりによって、白く浮かび上がっていた。
昴が、彼のほうを向く。今度は星たちと一緒に、昴の目には桐葉が映っている。多分ぼくの目にも昴が映っているんだろう、桐葉はその情景を想像してみた。
「今日の天文の授業のこと? 先生の言うことに疑問を覚えるのは、悪いことじゃないと思うけど」
「違うよ。そういうことじゃない。ぼくは別に先生を批判したり、それとも授業がわからなかったりしたんでもなくて。……ただ、なんだか信じられないんだよ。あの星たちが、ぼくらのずっと手の届かないところにあって、たとえ手を伸ばし続けたって決して届かないところにあって、そして輝いているんだって事が」
「信じる、信じないは君の自由だと思うけどね」
昴は今日、機嫌が悪いんだろうか。桐葉は思う。いつもなら、こんなものの言い方はしない。
「先生は言っていたじゃないか。今、ぼくたちの目に見えている光が、千年も二千年も昔に星を出発したものだって。星はとてもじゃないけど遠くて、そんなにかかってしまうんだって。あの光は、千年ものあいだ、どんな旅をしてきたんだろう。ぼくにはどうしても、想像できないんだ」
桐葉の言葉に、昴はまた、星たちのほうへ視線を戻す。そして、静かに言う。
「星の光を見ることは、一番簡単な時間旅行なのかもしれないね。あれはもう、ぼくたちの生まれるずっと前の光だ。……でも、星の一生から見れば、そんなのはほんの一瞬だ。ぼくが瞬きをするみたいな」
「うん、だけど、それは少し悲しいよね」
「何故?」
「だってぼくらは、今の彼らの姿を見ることはできないんだから。一番悲しいのは、星がなくなったときだよ。ぼくらは彼が『死んだ』ということには気付かない。ぼくらがみているのは昔のすがたなんだから。たとえ彼がもういなくても、ぼくは彼の残像を見て、まだそこにいるって思ってる。それは、やっぱり、悲しいよ」
「でも、それは、僕と桐葉だって同じだよ」
「え?」
「僕たちはどんなに望んだって、まったく同じ時間に生きることはできない。僕らの間だって、光が走り、音が走って、その時間がなけりゃ、お互いの存在が確認できない。それは、星たちなんかよりずうっと小さいけれど、やっぱりタイムラグで。小さなもののはずなのに、時々、すごく痛いんだ」
二人は黙って星空を見上げていた。一歩分だけずれた視界で、多分何千分の一秒ずれた時間を共有していた。
「ねえ、桐葉」
しばらくして、昴が言った。
「もしも僕が、あの星の光と一緒に千年間の旅をして、ここにたどり着いたんだとしたら、君に会うために時間を越えてきたんだといったら、君はどう思う?」
それは、あまりにも突然の質問。けれど、桐葉はまったく抵抗なく、それを受け入れた。
「多分、あまり驚かないよ。だって、昴はいつの間にか、ぼくの隣にいたんだから。ぼくはもう、昴と初めて会ったときのことが思い出せないんだ。ずうっと、長いこと一緒にいたような気はするんだけど」
「……その返事を聞いて、すこし安心した」
昴の真意は、桐葉にはわかりかねた。ただ、桐葉は、昴がなんであってもかまわないと思った。昴がもしも、遠い星からやってきた、千年の旅人なんだとしたら。……そうしたら、ぼくは、昴が他のいつでもなく、ぼくのいるこの時間に降りてきたことを感謝するよ。
「桐葉、僕は多分、ここに来られてよかったんだよ」
「うん。だけど、昴。まだ、帰ってしまわないよね?」
「桐葉、本気にしたの? これは例えばの話だって言ったばかりじゃあないか」
だけど昴は、いつの間にか消えてしまうかもしれない。そんな不安はまだ残っている。
「大丈夫だよ。例えばが本当の話でも、僕はどこにも行かないさ。星の光は一方通行だ。君に届いて、そこでおしまい」
にこり、久しぶりに昴が笑った。桐葉は、昴のこの、人を食ったような笑みが好きだ。こんなのも、たまには悪くない。
星の中、君ひとりだけを目指した。
遠い旅は、もうすぐ終わるよ。
終着駅に見える君の目は、星の光を映している。
「もう、僕にとっては、ここが帰る場所なんだ」
fin.
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