*電流計の針が振れる*



「君の事が、ずっと好きだったんだ。」
 

 瞬間、私の体中に電流が走った。
 恋愛の衝撃を伝えるための比喩などではない。彼の口から発せられたその言葉が私の耳まで届いた瞬間に、私の心臓にあるスイッチが入り、回路がつながって電流が流れたのだ。
 その電流というのは決して、ガシャポンか何かの景品で出てくるような、おもちゃのスタンガン程度のレベルではない。だけど、犯罪人の処刑に使われるような、電気椅子のように、または医療器具にある電気ショックのように強いものではない。
 確かにそれが電流である事はわかるけれども、私の身体に流れるのは、そんな機械的なものたちよりもずっと、心地の良いものなのだ。人間的といってもいい。あたたかいとすらいってしまえる。
 わざわざ電流計や電圧計を借りてきて、はかってみた事もないから、実際にはどのくらいに強い電流なのかはわからない。

「僕が、授業中とか君の事を見ていたのに、気が付いた?君の一挙一動を見るたびに心が安らぐんだ。」

 彼が何かを言っている。だけど私は、彼の言っている言葉の内容なんて聞いてはいなかった。ただ、自分の肉体に流れている電流を感じていた。
 セーターを脱いだ時の静電気などとは一味も二味も違う、もっと甘い、ひょっとしたら官能的ともいえるのかもしれない刺激。
 どこからか電圧がかかって、私の細胞のすべてがそれに反応している、呼応している、そんな感じ。





 初めてこの感覚を味わったのは、中学三年生の時。自転車に乗っていた私の身体に、落ちてきた電撃。少し暗くなった藍色の空が、頭上でひとすじの光を生んだ。
 その瞬間に、私は今までに感じた事もないような、そんな刺激を感じた。

 体を構成する、一番小さな単位まで、その電流は通り抜けていった。まるであの、水酸化ナトリウムの水溶液のように、自分の体が分解されてゆくようだった。隅々まで行き渡った水分が、全て酸素と水素になってしまうように。
 眼に焼きついたひかりは、体中をかき乱していった。
 何もかもが激しく流動する。細胞質の中のミトコンドリアやリボソームも、興奮して動き回る。いいや、蛋白質をつくっている原子の一粒一粒すらも、たとえようもない感情に踊り狂う。

 …それは、一瞬の出来事。
 だけど私は、それを果てしのない時間のように感じた。この世の中の全ての時間の中に、私がくるくると回りながら小さくなって、拡散してしまうように感じた。
 全ての場所と全ての時間に、私はいた。

 私が雷にうたれたのだ、という事を聞いたのは病院の真っ白なベッドの上だった。
 直撃を受けたのにもかかわらず、私は奇跡的に、無傷だったという。



 けれども、私の身体に異常がなかった、といえば嘘になる。

 お医者様は気付かなかったのかもしれないけれども、私は「好きだよ」といわれるたびに、体の中を通り抜ける電流を感じるようになった。
 あの時の雷の残骸、とでもいうべきなのか。

 私の身体は雷からうけたエネルギーを、まだ消費しきっていないらしい。どこかに蓄えられた電気エネルギーが、「好きだよ」の一言で駆け巡る。

 だけど、私はこの、自分の体質の変化を、むしろ好ましいものだと思っている。
 私はあの時の衝撃を、喜びを、たとえほんの一部であっても、再生する事が出来るのだ。体中を突き抜けていったあの電流を。







 私は夢想する。

 誰かが私の隣にぴったりと寄り添って、耳元に「愛してる」と囁いてくれるその瞬間を夢想する。
 その時私の体の中には、今よりももっと強い電流が流れているのだ。もっとずっと強い、あの瞬間に限りなく近い電流。
 「愛してる」その言葉が耳に届くたびに、私の身体中には、あの日と同じエネルギーの奔流が駆け巡る。
 私を押し流してしまいそうな電流が、私の体を流れる。

 「愛してる」


 私は、その瞬間を夢想する。






「…だから、もしよかったら、僕と付き合って、もらえませんか?」
 月並みな台詞で終わった彼の告白。
 それとともに私の身体を流れていた電流も、ふっつりと消えてしまう。

 私はその残滓をこよなくいとおしいものに感じながら、まだ緊張のさなかにいるであろう彼に、ゆっくりと微笑みかけた。



Fin.     




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